大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和49年(ネ)2391号 判決

控訴人

高木久一

右訴訟代理人

石川功

被控訴人

正嘉昭

被控訴人

正嘉次郎

右被控訴人ら訴訟代理人

渡辺法華

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一当裁判所もまた原判決と同一の結論をとるものであり、その理由は、次に附加訂正するほかは、原判決の理由と同一に判断するものであるから、これをここに引用する。

二控訴人らの用法違反による本件賃貸借解除の主張に対する判断につき、次のように附加する。

被控訴人嘉昭は昭和四八年七月二二日入居後間もなくから本件賃貸借解除の意思表示をされた時点まで(その後も継続して)本件建物で学習塾を経営していたことは、前記引用の原判決理由に認定したとおりである。本件賃貸借の使用目的は、とくに通常の住居としての使用に限定したことは〈証拠〉にその旨の記載がなく、これを認めるべき特段の証拠はないが、少くとも当事者間の了解としては比較的小人数の家族が通常の用法に従つて使用することが予定されていたものというべきことは〈証拠〉によつて認められるところ、被控訴人嘉昭は入居後その一部を学習塾に使用したものであるが、右に引用した原判決認定の事実によれば、当初被控訴人嘉昭の予定した学習塾の内容は自分ら夫婦を含む教師四名の者が最大限四五名の生徒を月曜日から土曜日まで本件建物のうち階下六畳一室で教えるというのであり、このような使用状態で継続するときは本件建物の利用形態を異にし建物の効用を減損する度合が甚だしくなるので、それは一の用法違反としての評価を受け賃貸借解除の事由にあたるとされてもやむをえないといわなければならないであろう。しかし、実際には、被控訴人嘉昭の予期に反し、生徒は僅かに六名にすぎない(控訴人ら主張のように、一三名ないし二九名であつたことを認めうる証拠はない。)のであり、被控訴人嘉昭は塾に使用した六畳間にじゆうたんを敷いて毀損しないように配意し(このことは、原審および当審における被控訴人嘉昭本人尋問の結果から認められる。)、学習塾開設から解除通知まで僅か二か月でその間に本件建物につき格別の毀損があつたことも認められないし、他に特段の事情も見当らない本件では、右の程度では被控訴人嘉昭に用法違反があるとするのは相当でなく、これを理由として本件賃貸借を解除することはできないものというほかない。したがつて、この点に関する控訴人主張は失当である。

三次に、本件賃貸借の信頼関係の被壊を原因とする解除に関する控訴人主張について判断する。

〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

被控訴人嘉昭が本件建物に入居後間もなく学習塾の広告ビラを附近に多数配布し父兄を集めて説明会を開くなどしたため、控訴人はこれを大いに意外としそのころ被控訴人嘉次郎に対し、使用目的に反することを理由にその中止を求めたところ、被控訴人嘉次郎は、「借りてしまえばどう使おうと自由だから、息子の被控訴人嘉昭に学習塾を中止させるよう求めることはできない。」旨述べた。そこで、当事者間に紛争を生じ、本件賃貸借の仲介をした三浦とよが双方に和解をすすめ、自分の仲介手数料を返還し被控訴人らに別の家屋を斡旋する旨述べたが、被控訴人嘉次郎はこれを拒否し、控訴人に対し、もし本件賃貸借を合意解除するならば、その場合の条件として、控訴人が被控訴人らに対し、敷金、礼金、八月分家賃等一五万円、九月分家賃三万円、住居移転費用二万四、〇〇〇円、庭整地手間賃六、〇〇〇円、家屋清掃手間賃六、〇〇〇円、塾授業に伴なう損料四万三、九〇〇円合計金二五万九、九〇〇円を支払い、かつ、被控訴人らが移転先をみつけて移転するまでの家賃を免除することを求めた。しかし、控訴人は右条件を承諾できないとして、合意が成立しなかつた。

右認定のような被控訴人嘉次郎の借りてしまえばどう使おうと自由である旨の言い分はいささか穏当を缺き、相手方を刺戟する響きをもつものであるが、それも同人の法の無知に基づくものと解されないものでもなく、いわば売り言葉に買い言葉のたぐいに属する。また、合意解除に関する被控訴人嘉次郎の右認定のような条件は、賃借して移転したばかりの時にこれを無にする如き申入れを受けた賃借人の感情としてむりからぬものがあるとはいえ多少挑発的であつて、このような言動が賃貸人である控訴人との信頼関係を悪化させた要因とみられないこともなく、賃借人としてはそのような言動は慎しむべきで、その点で非があつたといえるけれども、そのような行為にいたらせた責任の一半は、被控訴人嘉昭の広告を過信し同人の経営の実態をみ極めることなく早急に学習塾の中止を求めるにいたつた控訴人の行為にも起因するものであり、右合意解除の条件の提示は、紛争状態での主張で、むしろ合意解除申出を受諾しがたいとする意向のあらわれであり、冷静に考慮した場合もこれと同一であるとは思われない。そして、当審における被控訴人嘉昭本人尋問の結果によると、被控訴人嘉昭は本件紛争が生じたこと、その後に子供が生れたこと等の事情により現在すでに本件建物での学習塾はやめており、本件建物を住居専用に使用していることが認められるから、採来の紛争の原因は除かれており、必ずしも信頼関係を取戻すべき望みがないわけではない。この事後の事情をも併せ考えてみると、被控訴人らに前記認定の事情があつても、なお、賃貸借の継続に要する信頼関係を破壊するに足るほどのものとは到底考えられない。したがつて、この点に関する控訴人の主張も失当というほかない。〈以下、省略〉

(浅沼武 加藤宏 高木積夫)

目録〈略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例